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時事と雑記。気が向いたときに更新するブログ。

【本】 中川八洋著 『脱原発のウソと犯罪』

次は原発関係で来ることは想定の範囲内でした。というか、想定のスイートエリアでした。

中川八洋著 『脱原発のウソと犯罪』
http://www.amazon.co.jp/dp/4817407379/

 発売日: 2012/02/08
 頁数: 288ページ
 出版社: 日新報道
 定価: 1680 円
 ISBN: 978-4817407375

 第I部 原発“集団ヒステリー”扇動と菅直人の大犯罪
 第一章 菅直人“放射能恐怖”心理戦に洗脳された日本人
 第二章 武田邦彦の大ウソ、小出裕章の巨大ウソ
 第三章 “世界一の長寿地帯”となる福島県
 第四章 日本の「脱原発」を狙うコリアンのポスコロ革命

 第II部 原発の推進しか、日本の生存はない
 第五章 「自然エネルギーをやれば大丈夫」は、日本経済を破局に誘う“甘美な魔声”
 第六章 「ドイツはドイツ、日本は日本」
 第七章 「脱・原発」で確実な、日本経済の衰落と縮小
 第八章 脱原発を叫ぶ“福島瑞穂のペット”西尾幹二

  (Amazon に掲載の情報を転載)



各章のタイトルをみると、雑誌に掲載された評論の内容も含まれていそうです。
「日新報道」といえば、アノ、谷田川某の『皇統は万世一系である』もそうでしたね。大手の出版社では出しにくいタイトルや内容の本が多い。
現代日本の言論規制ないし出版規制を感じます。

【拝啓 チャンネル桜さま】
御社の番組内でこの本を採り上げてください。
言論規制していたんでは、フジやNHKや新華社と一緒ですよ。 敬具




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保守の哲学 「本居宣長 直毘霊(なおびのみたま)」

以前のエントリ、日本国憲法改正という、「保守派」における「シャバ人間主義」 のなかで、「英米系の真正の保守の思想ないしその哲学の眼光は、日本の真正の保守の思想ないしその哲学の在り処を、少なくともそれに到る道程を、正しく照らし出す・・・・・・」と書きましたが、その照らし出される哲学の幾つかが本居宣長の「直毘霊(なおびのみたま)」にあります。

この「直毘霊」を日本の近世文学または国学・古学論に関する著名な文献資料の一つとの一般的な認識をもって、仮に百年かけて百万遍読んでも、そこにある本居宣長の穏やかにして実は強烈な保守の哲学を知覚することは、おそらく期待薄であろうと思います。そこのところを詳しく書き始めるとそれだけで長文になってしまいそうですので端折りますが、今となっては、そこにある保守の哲学を知覚するには、英米系の真正の保守の思想ないしその哲学の眼光(Conservative Minds)が必須なのではないだろうかと、小生はほぼ確信しています。

江戸時代をごく大雑把に三等分し、前期・中期・後期と分けた場合、その後期の始まりは西暦でいえば1800年あたりかその少し前になります。小生はこの西暦1800年あたりから現在までの約200年間を日本の「近現代」と捉えています。明治初年や昭和20年8月15日を決して「歴史や時代の切り取り線」とせず、しかしながらそうは言ってもどこかで一区切りをつけないことには、何らかの「時代」を考察するにもその「時代」の一応の目安すら定まりが着かないので、少なくともこの約200年間を一連なりとして、日本の「近現代」と捉えることにしています。

本居宣長は享保15年(1730年)生、享和元年(1801年)没と伝えられていますので、江戸時代のほぼど真ん中に生まれ、その中期の後半部を人生の前半で体験し、人生の後半で江戸時代の後期、すなわち日本の「近現代」の始まりを生きた人ということになります。巻一(まき・いち)に「直毘霊」が収納されている「古事記伝」(全四十四巻)は、その執筆開始が明和元年(1764年)で34歳頃、執筆終了が実に34年後の寛政10年(1798年)で68歳頃となっています。日本が「近現代」を迎え始めたまさにその時分に書き綴られた大著で、内容は第一級の政治哲学書と考察すべきと思います。賀茂真淵との有名な「松坂の一夜」は、調べましたところ宝暦13年(1763年)5月25日の夜とのことで、「古事記伝」の執筆開始はその翌年ということになります。

ちなみに、小説「松坂の一夜」は、その実話をもとにした歌人・万葉学者の佐々木信綱の作による実に美しい短編小説で、現代ならば進学校の高校生でも読むのに難儀する生徒が続出するのかもしれませんが、戦前は尋常小学校の国語の教科書に載る定番の一つだったらしいです。

もうひとつちなみに、かのエドマンド・バークは1729年生、1797年没ということですから、宣長とバークは生没年が近似しており、日本と英国で甚だ距離はありますが、同世代の人ということになるかもしれません。バークの「フランス革命の省察」の出版は、バスティーユ襲撃テロがあった1789年の翌年、1790年で、これは寛政2年になります。


本居宣長 「直毘霊」より、その一部。

天皇(スメラギ)の、大御皇祖神の御前を拜祭坐がごとく、臣聯八十伴緒、天下の百姓に至るまで、各祖神を祭るは常にて、又天皇(スメラギ)の、朝廷のため天下のために、天神國神諸をも祭坐が如く、下なる人どもゝ、事にふれては、福を求むと、善神にこひねぎ、禍をのがれむと、惡神をも和め祭り、又偶々身に罪穢もあれば、祓清むるなど、みな人の情にして、かならず有べきわざなり。然るを、心だにまことの道にかなひなば、など云めるすぢは、佛の教へ儒の見にこそ、さる事もあらめ、神の道には、甚くそむけり。又異國(アダシクニ)には、神を祭るにも、たゞ理を先にしてさまざま議論あり。淫祀など云て、いましむる事もある、みなさかしらなり。凡て神は、佛などいふなる物の趣とは異にして、善神のみにはあらず、惡きも有て、心も所行も、然ある物なれば、惡きわざする人も福え、善事する人も、禍る事ある、よのつねなり。されば神は、理の富上をもて、思ひはかるべきものにあらず、たゞ其の御怒を畏みて、ひたぶるにいつきまつるべきなり。されば祭るにも、其のこゝろばへ有て、如何にも其神の歡喜び坐べきわざをなも爲べき。そはまづ萬を齊忌清まはりて、穢惡あらせず、堪たる限美好物多に獻り、或は琴ひき笛ふき歌ひなど、おもしろきわざをして祭る、此れみな神代の例にして、古のみちなり。然るをたゞ心の至り至らぬをのみいひて、獻る物にもなすわざにもかゝはらぬは、漢意のひがこと成り。扨て又神を祭るには、何わざよりも先火を重く忌清むべきこと、神代書の黄泉段を見て知べし。是は神事のみにもあらず、大かた常にもつゝしむべく、かならずみだりにすまじきわざなり。若し火穢るゝときは、禍津日神ところをえて、荒び坐ゆゑに、世中に萬の禍事はおこるぞかし、かゝれば世のため民のためにも、なべて天下に、火の穢は忌まほしきわざなり。今の代には、唯神事のをり、又神の坐地などにこそ、かづかづも此忌は物すめれ。なべては然る事さらなきは、火の穢れなどいふをば、愚なる事ゝとおもふ、なまさかしらなる漢意のひろごれるなり。かくて神御典を釋誨ゆる世々の識者たちすら、たゞ漢意の理をのみ、うるさきまで物して、此忌の説をしも、なほざりにすめるは、如何にぞや。

本居宣長研究ノート「大和心とは」 http://www.norinaga.jp/ より拝借。



>天皇(スメラギ)の、大御皇祖神の御前を拜祭坐がごとく、臣聯八十伴緒、天下の百姓に至るまで、各祖神を祭るは常にて、・・・・

祭祀は天皇陛下御一身のみのことにあらず、皇祖宗とともにあり。また一般の国民も祭祀を大事にしてきたということ。

ことのついでながら、小生の愚見としては、祭祀とは、すなわち「生活」、「生きるということ」と言い代えても可、「本能」と言い代えても可。すなわち「生」の肯定であり、「本能」の肯定。祭祀にあっては「生」を何らかの宗教のように「苦」とはしない。

>事にふれては、福を求むと、善神にこひねぎ、禍をのがれむと、惡神をも和め祭り

これは善なる唯一神の否定、無神論の排除。←全体主義などのイデオロギー生成ステージへの警戒。
(なぜ「善なる唯一神の否定」と「無神論の排除」が並列するのか、またなぜそれらが全体主義などのイデオロギー生成ステージへの警戒を意味するのかについては、別の機会があれば稿を改めて述べます。これは「保守哲学」、「反共」もしくは「反イデオロギー」などを考察する上で重要と思われます。)

>異國(アダシクニ)には、神を祭るにも、たゞ理を先にしてさまざま議論あり。淫祀など云て、いましむる事もある、みなさかしらなり。

これは合理主義・理知主義・理神論・唯理論の排除、ないしそれらへの警戒。

>凡て神は、佛などいふなる物の趣とは異にして、善神のみにはあらず、惡きも有て、心も所行も、然ある物なれば、惡きわざする人も福え、善事する人も、禍る事ある、よのつねなり。

再度、理知主義の否定、善なる唯一神の否定、無神論の排除。

「現実を見てみろ!」ということ。現実の事象やデータに目を背けて、自分が好ましい、望ましいと思う主義や理論に酔うな、しがみつくなということ。

悪やバカが栄え、空き缶以下のモノや汚物のようなモノが大臣になったりする一方、善徳の人が病身になったり、勤勉な人が種々困窮することもあるが、それは神が善神のみではない証拠。また「神」ではなく「神々」であり、「やおよろづのかみ」であり、悪神さまも居るということ。よって、「もう唯一の神さまである善神さまのことが信用できなくなったから・・・」といって、決して無神論にはならないし、あるいは、信用できなくなった善神さまに代わって「社会主義」とか「共産主義」とか「何タラ主義」とかいう人工合成の神(イデオロギー)を信仰したりしない。

>されば神は、理の富上をもて、思ひはかるべきものにあらず、たゞ其の御怒を畏みて、ひたぶるにいつきまつるべきなり。

これが判らない人は靖国や護国神社に参拝する資格ゼロであります。
再三再四の、理知主義の否定、設計主義的合理主義の排除、善なる唯一神の否定、無神論の排除。

>なまさかしらなる漢意のひろごれるなり。

日本国憲法の無効論(日本国憲法は講和条約として有効!)の立場に立つ大日本帝國憲法の真正護憲論者が迎撃対象にしているのは、まさに「さかしらなる漢意(からごころ)」の塊のような連中であります。他者に潜む、そして自己にこそ潜む、「さかしらなる漢意(からごころ)」の屈服ないし克服こそ、真正の保守の道の初歩であり初心であり、真正の護国の道の初歩であり初心であります。

>かくて神御典を釋誨ゆる世々の識者たちすら、たゞ漢意の理をのみ、うるさきまで物して、此忌の説をしも、なほざりにすめるは、如何にぞや。

「たゞ漢意の理をのみ、うるさきまで物」して「神御典を釋誨ゆる世々の識者たち」とは、現代においてその名を具体的に挙げるならば、例えば園部逸夫。やや古いところでは宮澤俊義。それから「識者」ではないかもしれませんが小林よしのり。それから、すももももものうちというか、自称「識者」も「識者」のうちということならば高森明勅。その他大勢。

しかし、少し目を転じれば、その小林を論破したとされる谷田川某ほか、日本国憲法の無効論(日本国憲法は講和条約として有効!)に執拗に異議や抵抗を唱える連中もまた一人残らず「たゞ漢意の理をのみ、うるさきまで物して」の類であります。この類の連中は、既にミサイルロックの対象です。ついでに申しておくなら、今後、この連中がたとえ「転向」しても、たとえ劇的に「転向」を遂げても、他の心優しい紳士淑女の大日本帝國憲法真正護憲論の人々がどう判断されるのかは存じませんが、小生は連中に対するミサイルロックを解除するつもりは最初からありません。このあたりのことは反日思想保有者・非國體思想保有者に対する小生の最も基本の構えに属することであります。相手が日本人か外人かは関係ありません。また「知って」か「知らず」かも問いません。

また、ついでながら、「さかしらなる漢意(からごころ)」満々で、「たゞ漢意の理をのみ、うるさきまで物して」の類の者が靖国や護国神社に参拝するなどというのは霊に対しての最大級の冒涜であります。たとえば、靖国や護国神社に参拝して「どうか日本をお守りくださいと英霊に祈願しました♪」などという、おっちょこちょいの「ホシュ」や自称「保守」や自称「愛国派」が居ることを見聞きさせられることがときどきあるのですが、「さかしらなる漢意(からごころ)」満々で、「たゞ漢意の理をのみ、うるさきまで物して」の類の者には、その種のおっちょこちょいの「ホシュ」や自称「保守」や自称「愛国派」、自称「憂国派」を含みます。なぜそうなるのか?についての答えは本エントリにおいて再三再四、既出であります。


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