oyoyo Memo Blog

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細菌の本能と抗生物質について。

  Enterococcus_02  Enterococcus_01
   画像は Wikimedia Commons より拝借。腸球菌(腸に生息する常在菌)の画像。
   コイツらがいわゆる「多剤耐性菌」であるのかどうか、小生は知りません。

海外に半年以上滞在した人、半数が多剤耐性菌に感染
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20150508-OYTEW50321/

海外に半年以上滞在した日本人の約半数が、複数の抗生物質が効かない多剤耐性菌の「ESBL産生大腸菌」に感染していたことが、東京医大などの研究チームの調査で分かった。

研究チームは、海外赴任がある企業の協力を得て、2012年9月から15年3月までの間、20~50歳代の男女45人について渡航前と帰国後のふん便を調査。その結果、22人からESBL産生大腸菌を検出。渡航先別では、サハラ以南のアフリカが最多の7人、東南アジア6人、南アジア5人、中東・北アフリカ4人。欧米の赴任者7人からは検出されなかった。

多剤耐性菌は、過剰や過少な抗生物質の使用などにより変異した細菌。複数の抗生物質を分解する能力がある。健康な人が感染してもすぐに発病するわけではなく、今回感染が確認された22人も無症状だった。ただ、抵抗力が弱い入院患者らの場合は、重症化につながる恐れがある。研究チームの水野泰孝・東京医大感染症科准教授は「ESBL産生大腸菌に感染する可能性が高い地域からの帰国者が入院した場合、医療機関は感染の確認が済むまで、他の患者と部屋を分けるなどの対応が必要」と警戒を呼びかけている。

(yomiDr. / ヨミドクター 読売新聞 2015年5月8日)


抗生物質効かない細菌 新生児など感染し死亡例も

生まれたばかりの赤ちゃんや就学前の幼児など子ども60人以上が、過去3年間に、「ESBL産生大腸菌」と呼ばれる、複数の抗生物質が効かない細菌に感染して命に危険が及ぶような重い症状になり、確認されただけで2人が死亡していたことが、専門の医師で作る学会の調査で明らかになりました。幼い子どもの間でESBLによる全国的な健康被害の実態が明らかになったのは初めてで、
(中略)
抗生物質が効きにくい耐性菌は欧米の医療現場でも深刻な問題となっていて、今月開かれる伊勢志摩サミットでも議題となる予定です。これを前に、国も耐性菌をテーマにした初の行動計画をまとめていて、耐性菌を生み出す原因とされる抗生物質の不必要な使用について継続的に監視することなどを明記し、2020年には抗生物質の使用量を2013年の3分の2に減らすとしています。

(NHKニュース 5月11日 19時23分)




細菌はどこにでもいます。細菌の全くいない場所を探すほうが困難でしょう。コップを持って川に行って「多剤耐性菌」を採らないようにすることのほうが難しい注文かもしれません。そして、細菌にも細菌それぞれの本能がありますから、抗生物質のある環境であろうと、抗生物質のない環境であろうと、細菌全体として、環境適応能力を獲得し続け、生残性を保持し続けるでしょう。それが本能です。細菌は、抗生物質がないからといって、その環境適応能力や生残性を放棄することはなく、交戦権を否認するなどという本能の放棄(「理知」や「ニセ憲法」による本能の隠蔽ないし抑圧)はしないのです。

人であれば、敵がいてもいなくても、刀や剣の手入れを怠らず、来る日も来る日も練習を続け、かつ、極わずかずつでも、さらなる生残性の向上、敵への対処能力や運用能力の質の向上と量の確保を続けるのが本能です。何が敵になるのか、見通しがつかない環境下にあっても、なんとか生き残ろう、あるいは、少しでも味方が(特に若い女と子どもを)生き残るようにしようとするのが本能です。


ある人がある細菌感染症で死んだり重症化するのは、その人の体が細菌とまともに戦うからであると、小生は考えています。本能と本能のほぼ全面におけるぶつかり合いです。本能と本能のぶつかり合いですから、基本、容赦のない世界です。しかしながら、それを別な面から観れば、「まともに戦うのはバカよ」ということになります。抗生物質は、これら二つの本能に対処するもう一つの本能をもって現れ、細菌の本能と人体の本能の双方に、多正面作戦(少なくとも2正面作戦)をさせることによって、一対一のまともな戦いをさせず、ぶつかり合いを多少でも緩和させる作用を持つ物質のことではないかと、小生は考えています。

この考え方ならば、たとえ細菌感染症でなくても、人体の免疫システムの暴走によって不具合や不自由が生じる疾患であれば、抗生物質の介在はその症状の緩和や病状進行の妨げに有効である、もっといえば、症状の緩和に有効で、不快な副作用がないのであれば、抗生物質の長期(数か月あるいは数年)の投与もかまわない、ということになるかもしれません。


ある人が、ある細菌感染症になったものの抗生物質の恩恵を受け、結果、死ななかったり、後遺症がより軽度で済んだのは、抗生物質のおかげで細菌が死滅したからではなく、抗生物質のおかげでその人の体が細菌とまともに戦わずに済んだから(済んでいるから)だと考えます。だからといって、その人の本能を抑えたわけではなく、むしろ本能を有効に、効率よく働かせることができた(できている)と考えます。ゆえに、抗生物質の使用量や新規の抗生物質の研究開発のピッチを抑制すればするほど、細菌感染症その他の疾患で死ぬ人の割合も、細菌感染症の後遺症として不具合や不自由を持つ人の割合も、増えると小生は観ています。

しかしながら、ここに述べたこうした考え方は、おそらく、現在の医学や薬理学の先生方の「常識的な脳」からすれば、「聞いたことも無い!」「非常識!」ということになると思います。

なお、人工培地の上で、ある細菌とある抗生物質を競争させて「細菌が死滅した」あるいは「細菌の数が減っていない」という現象と、現に生きている人の体の中で、その細菌とその抗生物質を伴って生起している現象とを、重ね合わせて相同視する思想・思考には、そもそも賛同できません。


>耐性菌を生み出す原因とされる抗生物質の不必要な使用について継続的に監視

「不必要な使用」をあれやこれやと発見・指摘することよりも、『必要であるにもかかわらず使わなかった』ことを発見・指摘することのほうが実に困難なのが医療における経済の特徴の一つです。


>2020年には抗生物質の使用量を2013年の3分の2に減らすとしています。

財務省と厚生労働省とNHKの職員だけで減らしてみてください、2020年と言わず、来月からでも。





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日本国の憲法記念日は11月29日です。

    大日本帝國憲法 大日本帝国憲法
   画像は 国立公文書館HP より拝借

帝國議会ハ明治二十三年ヲ以テ之ヲ召集シ議会開会ノ時ヲ以テ此ノ憲法ヲシテ有効ナラシムルノ期トスヘシ
将来若此ノ憲法ノ或ル条章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ継統ノ子孫ハ発議ノ権ヲ執リ之ヲ議会ニ付シ議会ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ
朕カ在廷ノ大臣ハ朕カ為ニ此ノ憲法ヲ施行スルノ責ニ任スヘク朕カ現在及将来ノ臣民ハ此ノ憲法ニ対シ永遠ニ従順ノ義務ヲ負フヘシ


大日本帝國憲法発布勅語より



『帝國議会ハ明治二十三年ヲ以テ之ヲ召集シ議会開会ノ時ヲ以テ此ノ憲法ヲシテ有効ナラシムルノ期トスヘシ』の、『議会開会ノ時』とは明治23年の11月29日であります。即ちこの日こそ、大日本帝國憲法の施行の日であり、日本国の憲法記念日であります。

将来若此ノ憲法ノ或ル条章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ継統ノ子孫ハ発議ノ権ヲ執リ之ヲ議会ニ付シ議会ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ

然るに「日本国憲法」という名の「自称・現行憲法」は連合軍によって起草されました。これが憲法改正発議権の侵害であることは実に明白であります。「日本国憲法」はその出自からして「憲法モドキ」であります。

また、条章の改定という漸進的修正ならば許容され得るものの、国憲の実質を全面的に改定するがごとき紛更は、革命であれ何であれ、何物をもってしてもできないのです。これは議論やイデオロギーや好き嫌いの問題ではなく、「できない」のです。新たな条章の追加さえ、条章の改定に含まれるのか否か、その判断は極めて慎重でなければなりません。

ましてや、連合軍という列強なる軍事力と巨大な組織力を背景にした外国勢力の一派たるGHQに指揮・管理・統制され、ときに「ああしなさい」「こうしなさい」「ここはこうするように!」と注文・指示され、「GHQの意向に従わないと追放されるのではないか?」「GHQの指示に従わないと連行されたり、牢屋に入れられるのではないか?」などという思考を巡らせながら構築・制定された「自称・現行憲法」に、大日本帝國憲法を失効させる力など、そもそも無いのです。

もっとも、GHQばかりが悪者ではありません。敗戦によってもたらされた「日本の弱まった状態」を帝國憲法の紛更の機会(ショック・ドクトリンを飲み込ませるチャンス!)と捉えた非國體思想の官僚たち、赤い官僚たちが、戦場に行くこともなく、戦死も戦傷もせず、背広を着て、ネクタイを締め、頭髪を整えて、生きていたのです。

そのような情勢のなか、日本國體の護持のために立ち上がられたのが、
昭和天皇、吉田茂、そして実はマッカーサーだったと小生は観ています。これについては稿を改めて、少しずつ書いていきたいと思っています。






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