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レイシズムの種を心肝に宿す自称中道の民主・小沢脳

「黒人を選んでまで」 オバマ政権誕生で小沢氏

民主党の小沢一郎幹事長は27日夜の那覇市内の会合で、各国の政権交代事情を紹介する中でオバマ米大統領誕生に触れ「米国はオバマさんという黒人を選んでまで、世の中を変えよう、国を変えようと国民が選択した」と述べた。

 人種偏見が残る米国で、黒人大統領が誕生した歴史的意義を強調したものとみられるが、言葉足らずの「失言」として波紋を呼ぶ可能性もありそうだ。小沢氏は昨年11月にもキリスト教について「排他的で独善的な宗教だ」と述べ、日本キリスト教連合会が抗議するなど物議を醸している。

 また会合で、小沢氏は「私は保守の代表とみられていたが、最近は右翼からは小沢一郎は左翼だと非難され、左翼からは右翼だと非難される。両方から非難されるのは中道を行っていると思っている」とも発言した。

(共同通信 47NEWS 2010/01/27)

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産経版はこちら
小沢氏 オバマ政権誕生に「黒人を選んでまで」 差別発言か
(MSN産経 2010/01/28)



>オバマさんという黒人を選んでまで、・・・

世界の人々がこれを聞いて、その人々は小沢のことをどう思うかというと、「教養のない奴だな」でしょう。よほどのアホは別として。
ってことが判らないんですょ、てか想像もつかない脳なんです、小沢脳は。はい。

共同通信を持ち上げるつもりは毛頭ありませんが、記事中で、昨年11月のキリスト教についての小沢の発言、「排他的で独善的な宗教」云々を引き合いに出したのは、まぁ、ご明察というべき。一見、関連なさげな二つの発言、この二つの発言それぞれから小沢の内側を窺えば、彼の同じメンタリティの部分が見えるからです。


「キリスト教は独善的」と小沢氏、仏教は称賛
(MSN産経 2009/11/10)

キリスト教徒でもなく、敬虔な何教徒でもない小生がこういうことを言うのはおかしいかもしれませんが、キリストの教えを信じる人たちにとって、キリストの教えとは「真の自由」の源泉であり、「道徳」の主柱そのものなのです。だから、「キリスト教は排他的で独善的」などと言うのは、すなわち、その人々にとっての「真の自由」を否定し、「道徳」を頭から否定するのと同じことなのです。
ってことが判らないんですょ、てか想像もつかない脳なんです、小沢脳は。

こういう、ヒトとしての最小限度の教養すらない者には、政治家は務まりません。海外のさまざまの諸邦の要人と話をして、交友関係を広め、深めることが、政治家の大きな仕事の一領域でしょ。その交友関係が非常に偏るわけです。これは英語で物事が考えられるとかナントカ以前の問題。

そういう脳しか持たない小沢のメンタリティが勢い支那中共や創価学会あたりと、何らかの共感を認めつつ、何かにつけ互いに寄りたがるのは、まぁ納得できるものがあります。「キリスト教は排他的で独善的」と聞いて、大した問題意識を持たない(持てない)のは共産主義者と無神論者ぐらいのはずですから。

もうひとつ思うのは、この種の脳やメンタリティの場合、祭祀(神道)と宗教(仏教、儒教、キリスト教、国家神道、創価学会、統一教会、・・・・)の相違について、果たして人から諭されてそれが判るものなのだろうかと。それが判らない者は、小沢に限らず、民主党議員に限らず、そもそも日本の国政一切を語る資格なしと。どーせ、大したことはできんでしょと。そういう連中には小生は最初から何も期待していません。個人主義の思想・利己主義の思想に基づいた政治しかできないはずだからです。個人主義の思想・利己主義の思想に基づいた政治、それを推進すればするほど、共産主義ないし全体主義と呼ばれる支配(ウシハク)が形成されてゆきます。例として、共産支那(通称:中国)、北朝鮮。

そして、そのような共産支那や北朝鮮をマンセーしている思想保有者、すなわち反日思想保有者を排除するのは、決してレイシズムに基づくものではありません。國體に非ざる思想であるところの個人主義の思想・利己主義の思想に基づく政治の排除ないし防止であって、支配(ウシハク)形成の阻止にほかなりません。実行保守や在特会の行動理念や活動に関して、全体主義者・共産主義者から「全体主義者・共産主義者の排除だ!」と非難を浴びせられるのは至当としても、「レイシズム!」と言われる覚えはありません。頑で偏屈なレイシズムの種を心肝に宿しているのは小沢のほうです。だから本当にレイシズムを憎むのなら、さしあたって先ず民主・小沢を国政から排除しなければなりません。むろん、民主党だけが、小沢だけが、その標的ではありません。

ついでに申し上げておくなら、

>「私は保守の代表とみられていたが、最近は右翼からは小沢一郎は左翼だと非難され、左翼からは右翼だと非難される。両方から非難されるのは中道を行っていると思っている」

に到っては、砂糖水と塩水を混ぜれば真水になると言っているようなものであり、教養のあるマトモなオトナの脳が公の場で語る言葉とは思えません。これは自称保守系・エセ保守の方々にも申し上げたいことです。右と左の真ん中に中道があるのではありません。右と左を妥協し折衷したところに中道を見出そうとするのは不毛であり、せいぜい何らかの一時しのぎであります。もっとも、己と自陣のブサヨ・エセ保守を追求したいなら話は別。右と左を妥協し折衷して誕生するのは、右と左の混合物、妥協の産物、折衷の産物であって、中道ではないのです。これが政党であれば、もちろんそんな政党は保守政党でも中道政党でもないのです(例:自民党、民主党)。






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